本文へスキップ

日本キリスト教団呉平安教会は正統なプロテスタント系のキリスト教団です。


  天地の創り主全能の父なる神よ。疫病の脅威が世界を震撼させ、不安が人々の心を覆っています。大切な方を失い悲しみの中にある人々に慰めを、死の不安を抱き病で苦しむ人々、 困窮するすべての人々に守りを、政治を司る人々に正しい判断を、救命・医療のため労する人々にお支えをお与えください。
 わたしたちが互いに愛し合い助け合うことができますように。 この時、わたしたちを助け、倒れないように守っていてください。           アーメン

教会行事情報

 礼拝・集会関連

               
  • 新型コロナウイルス感染症に関連して礼拝への出席を自粛されている方々へ、自宅でも、どこであっても共に主を礼拝できるように礼拝配信を行っております。 主日の日曜10:30~のライブ配信と、あとでも見れる録画配信があります。         
    このページ上部に置いてあります[礼拝配信]、また下のYoutubeボタンから当教会のYoutubeページへ繋がります。是非ご覧くださり共に礼拝を献げましょう。
  •   主日礼拝:毎週日曜10:30~ ライブ配信中
     

次週主日礼拝式順

 2020年9月20日(日)10:30~ 

招きの言葉
詩 編 第100篇1~2節       
賛美        
28 「み栄あれや」       
十戒        
.
信仰告白
日本基督教団信仰告白        
祈り        
.
聖書朗読
ヤコブの手紙 第1章19~27節(422頁)          
賛美        
549「わたしたちを造られた神よ」                            
説教       
「 御 言 葉 を 行 う 人 」(ヤコブ②)|小林 克哉 牧師
祈り        
.
賛美
520「真実に清く生きたい」     
献金        
.
祈り
.
主の祈り
.
賛美
90ー4「主よ、来たり、祝したまえ」            
祝福        
40-5「アーメン」
後奏        
      
  • 集 会⇒ 礼拝前:なし
         礼拝後:☆10分間親子礼拝 ☆主日第二礼拝                     
  • ★夕礼拝:18:00~

先週までの礼拝記録 

       
9/6        
聖書:マルコによる福音書 第16章14~20節
説教:「福音は東から西まで広められ」
8/30
マルコによる福音書 第16章9~18節(97頁)      
説教:「復 活 の 主 を 信 じ な さ い」
8/9
マルコによる福音書 第15章25~39節   
説教:「十 字 架 の 神 の 子 を 見 よ」
7/26        
聖書:マルコによる福音書 第15章16~25節
説教:「十字架につけられた神の子」
7/19        
聖書:マルコによる福音書第15章1~15節
説教:「人間の判決を受ける主の沈黙」
7/12        
聖書:マルコによる福音書 第14章53~72節
説教:「主の言葉を思い出せるから」
     

メッセージ

9/13

主日の御言葉
説教題「試練に出会うとき

【聖書】 わたしたちの兄弟たち、いろいろな試練に出会うときは、この上ない喜びと思いなさい。信仰が試されることで忍耐が生じると、あなたがたは知っています。(2節)
【説教】  イエスさまは山上の説教でお教えになられました。「わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがる。」(マタイ5:11-12)イエスさまのこのお言葉を知っていたキリスト者たちが試練を経験していたようです。「神と主イエス・キリストの僕であるヤコブ」(1節)は各地に「離散している」キリスト者たちに語りかけました。「試練を耐え忍ぶ人は幸いです。その人は適格者と認められ、神を愛する人々に約束された命の冠をいただくからです。」(12節)  今日からヤコブの手紙を読み始めました。「ヤコブ」とはイエスさまの弟のことでないかと言われます。復活されたイエスさまとお会いしキリスト者になり、エルサレム教会の指導者またユダヤ人キリスト者の代表であったのが主の兄弟ヤコブです(使徒15:13,コリント一15:7)。この手紙の宛先は「離散している十二部族の人たちに」(1節)とありますが、ユダヤ人だけではなく、各地に離散している全てのキリスト者に宛てたものだと言ってよいでしょう。この手紙が公同書簡と呼ばれ所以です。21世紀の日本に生きる教会にも宛てられた手紙として読み進んでいきたいと思います。  ヤコブは真の〝信仰〟について語っていきます。「信仰がある」と言うなら、その人には忍耐が生じ、祈りがあり、貧しい者と富める者を区別しないと言います。「あくまでも忍耐しなさい」(4節)を「忍耐には完全な行いを伴わせなさい」と訳している人がありますが、ヤコブが強調するのは〝信仰〟は〝行い〟が伴うものだということ―行いの伴う信仰―です。そして試練は〝信仰〟があるということをはっきりさせるのだと言うのです。「わたしたちの兄弟たち、いろいろな試練に出会うときは、この上ない喜びと思いなさい。信仰が試されることで忍耐が生じると、あなたがたは知っています。信仰が試されることで忍耐が生じると、あなたがたは知っています。」(1-2節)  当時の状況としては迫害が試練の筆頭格だったでしょう。それ以外にも、この手紙には貧しさや病気のことが出てきます。試練に直面すると人はどうするか。まずは自分の力で乗り越えようとするでしょう。それがだめなら次に助けを求めるでしょう。揺れ動く者が求めるものの代表としてヤコブが取り上げるのは知恵や富です。  第5章にヨブの名が出てきます。ヨブ記を読んだことがあるでしょうか。ある日、ヨブは突然財産を失い、家族を失う試練に出会う。ヨブは揺れ動く。「神よどうしてこんな苦しみにわたしを与えるのか?」と問う。しかしヨブはその試練の中で創造主なる圧倒的な神の臨在に打たれ、試練の中で真の神に向かったのです。「心が定まらず」(8節)は「二心」と訳せますが、試練の中で人は神も富も、神も知恵もという二心から、神だけに向かうのです。  コロナ禍という試練は「信仰がある」かをはっきりさせました。この半年、わたしたちは確かだとそれまで思っていたものがどんなに不確かなものであるかを経験してきました。4月から5月にかけ、未知のウィルスは全国にあるキリストの教会も襲いました。多くの教会が一つ所に集まっての礼拝を控えなければならない状況を経験しました。牧師と役員・奉仕者だけの礼拝堂。コロナ禍で誰も礼拝に来なくなるのでないだろうか。終息後みんな戻ってくるだろうか。心配した牧師たちがたくさんいました。コロナ禍という試練の中で、許しを得て礼拝堂まで足を運ぶ者が起こされました。家庭で主の日の礼拝を守ることが生じました。「あくまでも忍耐しなさい。そうすれば、完全で申し分なく、何一つ欠けたところのない人になります。」(4節)まだ終息ではありませんが、わたしたちは礼拝に戻って来ました。戻る日を祈りつ家庭で祈っている者もいます。忍耐が生じ、祈り/礼拝がある。そのようにして「信仰がある」ことがはっきりした。  ある人が「完全」とは「神への一心さ」であると説明していました。試練に出会うときわたしたちは「風に吹かれて揺れ動く海の波」(6節)のようかもしれませんし、「心が定まらず、生き方全体に安定を欠く人」(7節)のようです。しかしそこで神に向かう、神だけが確かなお方であることを深く知っていく―そこに世の知恵と違う上からの知恵がある―のです。「御父には、移り変わりも、天体の動きにつれて生ずる陰もありません。」(17節)わたしたちは今、わたしたちが確かだと思い生活のよりどころとしてきたものが案外脆く、移ろい変わりやすいものだることを痛感しています。しかしヤコブは「いろいろな試練に出会うときは、この上ない喜びと思いなさい」(2節)と言います。試練の中でわたしたちは神も富も、神も知恵も、あれもこれもという〝二心(心が定まらず)〟から神への〝一心〟さ(完全)へと変えらていくからです。  ヤコブは「良い贈り物、完全な贈り物はみな、上から、光の源だる御父から来るのです」(17節)と言います。忍耐も、祈りも、貧しい者と富める者と区別しないことも、信仰に伴う〝行い〟は神が与えてくださるのです。だから神に祈り求めればよいのです。「あなたがたの中で知恵の欠けている人がいれば、だれにでも惜しみなくとがめだてしないでお与えになる神に願いなさい。そうすれば、与えられます。いささかも疑わず、信仰をもって願いなさい。」(5-6節)完全な行いを伴う信仰、神への一心さに生きる信仰は神が与えてくださるのです。確かなる神を信じて生きるキリスト者とは神により創造されたものです。「御父は、御心のままに、真理の言葉によってわたしたちを生んでくださいました。それは、わたしたちを、いわば造られた者ものの初穂となさるためです。」(18節)  移り変わりゆく不確かなものをよりどころとして生きるならば揺れ動くのは仕方がないことでしょう。しかし神はイエス・キリストによりわたしたちに信仰を与えてくださいました。イエス・キリストにより神がどんなお方かが示されました。わたしの義に頼るのでなく神の義がわたしたちを救ってくださることがはっきりしたのです。神だけが希望となってくださったのです。もう二心に生きる必要なくただ神を愛すればいいのです。  神が信頼できるお方だから、わたしたちはどんな試練に出会っても忍耐が生じ祈ることができるのです。「わたしたちの兄弟たち、いろいろな試練に出会うときは、この上ない喜びと思いなさい。信仰が試されることで忍耐が生じると、あなたがたは知っています。」(2節)「試練を耐え忍ぶ人は幸いです。その人は適格者と認められ、神を愛する人々に約束された命の冠をいただくからです。」(12節)
【祈り】  主よ、コロナ禍という試練の中で、わたしたちに信仰が与えられていることを改めて感謝いたします。確かなるあなたがおられますから、忍耐し、祈り、神を愛し歩み続ける者たちとならせてください。アーメン




日本基督教団呉平安教会

〒737-0811
広島県呉市西中央5-6-1

TEL 0823-23-4435
FAX 0823-69-5015
E-mail mail@kurehei.jp