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日本キリスト教団呉平安教会は正統なプロテスタント系のキリスト教団です。


  ■主はともに
愛する兄弟姉妹、求道の友の皆さんに主の恵みと平安がありますように!
「わたしは体では離れていても、霊ではあなたがたと共にいて、あなたがたの正しい秩序と、キリストに対する固い信仰を見て喜んでいます。」(コロサイ2:5) 直接顔を合わせることのできないときも、主は1人1人と共におられ、主にあってわたしたちを結びつけてくださいます。試練の時、主を信頼し祈り合い歩み続けましょう。

教会行事情報

  • ホームページリニューアルを予定しております。6月中に公開予定。        
  • 2022年度聖句:「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイによる福音書第28章20節)

     感染症対策

                   
    • 新型コロナウイルス感染症対策として、教会内では換気を徹底しております。そのため冬季においては寒いため各自暖かい装いにてご出席ください。なお、教会内ではマスクをし消毒を徹底して隣人愛をもって過ごしましょう。
    • 新型コロナウイルス感染症に関連して礼拝への出席を自粛されている方々へ、自宅でも、どこであっても共に主を礼拝できるように礼拝配信を行っております。 主日の日曜10:30~のライブ配信と、あとでも見れる録画配信があります。         
      このページ上部に置いてあります[礼拝配信]、また下のYoutubeボタンから当教会のYoutubeページへ繋がります。是非ご覧くださり共に礼拝を献げましょう。
    •   主日礼拝:毎週日曜10:30~ ライブ配信中
         

今度の主日礼拝式順

 2021年06月13日(日)10:30~ 

招きの言葉
,       
賛美        
27「父、子、聖霊の」
愛の教え       
.             
信仰告白       
日本基督教団信仰告白     
祈り      
.
聖書朗読
エフェソの信徒への手紙 第6章18~24節        
賛美       
573「みたまはあめより」       
説教       
「祈り続ける神の家族」|小林 克哉 牧師
祈 り       
.
賛 美
540「みめぐみあふるる」
献 金
.
祈 り
.
主の祈り
.
賛美
90「主よ、来たり、祝したまえ」
祝福        
40-5「アーメン」
後奏        
      
  • 集 会⇒ 礼拝前:礼 拝 準 備 祈 祷 会
         礼拝後:☆主日祈禱会 ☆主日第二礼拝             
  • ★夕礼拝:18:00~

その次の礼拝予告 

       
5/30
説教「」         
      
讃美歌:
     

先週までの礼拝記録 

       
4/25
マタイによる福音書 第28章16~20節     
説教:「 主 は い つ も 共 に お ら れ る 」
4/18
ヨハネによる福音書 第21章15~19節   
説教:「さあ、今日も歩いて行こう
4/4        
聖書:ヨハネによる福音書 第20章11~23節
説教:「復 活 の 主 が 与 え る 平 和」
3/21        
エフェソの信徒への手紙 第4章25~第5章5節 (356頁)
説教:「愛 に よ っ て 歩 み な さ い」
2/21        
聖書:エフェソの信徒への手紙 第3章14~21節
説教:「人知を超えるキリストの愛」
     

メッセージ

4/25

主日の御言葉
説教題「 主はいつも共におられる

【聖書】 「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(20節b)
【説教】ご復活の主イエス・キリストは弟子たちに約束を与えられました。「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(20節b)主はこの約束を今も守り、ご自分の教会と共におられます。今この時、このところでもです。わたしたちはこの約束のもとに、新しい年度を歩んで行くのです。  今日は主日礼拝の後、定期教会総会があります。コロナ禍の総会、例年のように一年の歩みを丁寧に振り返り、恵みを数え主に感謝し、また罪を悔い改め、新しい年度の歩みについて主の導きを求めつつ伝道の計画をおささげすることを時間をかけてすることができません。短時間の総会となります。コロナ禍のことがありますし、今年度はまたわたしたちの教会にとって大きな変化の時でもあります。そのような中、年度聖句として与えられたのはマタイによる福音書第28章20節の御言葉です。  わたしたち自身に、またわたしたちの歩みや生きているこの世界にはいつも変化があります。この一年はそのことを感じながら過ごしてきた方が多いのではないでしょうか。しかし、そのことで変わらない確かなことがかえってはっきりしたとのではないでしょうか。主イエス・キリストはきのうも今日も、また永遠に変わらない。その変わらないお方が共にいてくださるのです。その約束は変わらないのです。  そもそもこの約束は、ご復活の主が弟子たちに与えられたものです。御言葉はその時の弟子たちの姿をこう描きます。「さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておられた山に登った。」(16節)〝十一人〟とあります。イエスさまの直弟子は十二弟子、任命された使徒は十二使徒です。一人欠けています。イスカリオテのユダはわずか銀貨30枚でイエスさまを引き渡す裏切りをし、イエスさまが十字架刑になることを知り自死したのでした。十二はイスラエル十二部族を象徴しているものでしょう。十一では神の民として不完全です。3年半、イエスさまに一緒に従って来た家族同然の仲間が欠けたのです。どんなに辛いことだったでしょうか。この時の弟子たちは欠けあり不完全な群れ=教会だったのです。  教会総会の準備をしながら一年の歩みを振り返っていました。昨年の7月には長く教会生活をしてきた姉妹が召されました出来事がありました。さびしいです。教会ではしばしば病気になり礼拝に来られなくなる人が出ます。教会での人間関係や信仰のことでつまずいたり、信仰生活と自分の生活との折り合いがつかなくなり礼拝から遠ざかる人もあります。共にイエスさまを信じ信仰生活をしてきた大切な一人が欠けることが起こるのです。それは痛みを覚えることです。4月の教会役員会で、3年間月定献金も礼拝出席もないため、二人の方を別帳会員にしなければなりませんでした。もし一人も欠けることなく全員が礼拝に集まることができていたらどんなにいいだろうとよく思います。わたしたちもまた欠けあり不完全な群れ=教会なのです。  更に御言葉はこう続きます。「そしてイエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。」(17節)〝疑う者〟とあります。全員ではありません、何人かは分かりませんがいたのです。群れの中には確信に満ちている者もいれば疑う者もいるのです。イエスさまは疑っている者は去れと言われませんでした。何を疑ったのでしょうか。体の甦り=復活についてでしょうか。礼拝することを意味するひれ伏しとありますから、イエスさまがマコトの神(神と一つである御子なる神)であること疑ったのでしょうか。確信に満ちている者も疑う者も、イエスさまに召された弟子であることに変わりはありませんでした。  マタイによる福音書は教会について語られたイエスさまのお言葉を多く伝えてくれている福音書です。この福音書で舟が出てくれば、それは教会を象徴するものです。ガリラヤ湖で嵐に襲われた舟にはイエスさまと弟子たちが乗っていました。恐れた弟子たちでしたが、イエスさまにより嵐は鎮められ、舟は目的地に着きました。教会という舟に乗っている者はみな確信に満ちているのではないでしょう。しかし舟は神の国という目的地に着くのです。わたしたちは欠けがあり不完全ですし、確認し満ちている者ばかりではないかもしれません。信仰的にも弱さをかかえているかもしれません。しかしご復活の主イエス・キリストは、そのような弟子たち=教会に共にいますことを約束なさり、世界伝道を命じられたのです。  「イエスは、近寄って来て言われた。『わたしは天と地の一切の権能を授かっている。』」(18節)イエスさまは弟子たちの目をイエスさまへと向けさせます。弟子たちが自分たちに目を向ければ欠けや不完全さや弱さに心奪われるでしょう。しかし弟子たちを召し遣わされるイエスさまに目を向けるさせるのです。イエスさまは天と地の一切の県央をお持ちであられるのです。イエスさまは十字架によってわたしたちを縛り付ける罪の力を奪ってしまわれたのです。イエスさまはご復活なさり死に対する勝利をお示しになられました。イエスさまの前では罪も死も力を持っていないのです。わたしたちを、この世界を支配しているように見えるものもです。この世の権力も、経済の問題も、病気も災害も悪しき力も、実は一切の権能を持っていません。天と地の一切の権能をお持ちであられるご復活の主イエス・キリストのもとにわたしたちは集められているのです。  イエスさまのご受難と十字架の死により散らされていた羊の群れが、ご復活の主のもとで再び一つとなるのです。罪を抱え、欠けあり、弱き信仰者が一つの群れとなるのは、召される主イエス・キリストによることです。「だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。』」(19-20節)教会は福音を宣べ伝え、洗礼を授け、主の教えに従って歩むように人々を教え導くのです。二千年の間変わることのない教会の歩みを、この一年もわたしたちは歩んで行くのです。  コロナ禍で始まる新しい年度の歩みです。わたしたちはこの一年の中で大きな変化を経験しなければなりません。わたしたちには欠けがあります。不完全ですし、弱さも持っています。しかし決して変わらないお方がおられます。わたしたちを愛し救うため十字架で死なれ、ご復活してくださったイエス・キリストは昨日も今日も、また永遠に変わることはありません。イエスさまがわたしたちを召し一つにし、ご自身の群れを導いてくださるのです。わたしたちをイエスさまがこの町に、家族のもとに遣わしてくださるのです。イエスさまの約束は確かです。「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(20節b)わたしたちはこの約束のもとに、この新しい年度を歩んで行くのです。 <
【祈り】 主よ、いつも共にいてくださることを感謝いたします。主の約束のもと、信じて歩み続ける者たちとしてください。アーメン




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