本文へスキップ

日本キリスト教団呉平安教会は正統なプロテスタント派のキリスト教会です。


      この度の豪雨災害で被害に遭われた方々に、主の慰めをお祈り申し上げます。

今月の特集 画像をクリックすると大きな画像に飛びます
                      プリントアウトはご自由に!
是非お配りください!
 Now loading.......
 

 
 次週礼拝予告 2018.8.19 (updater T.T) 

三位一体後第13主日 (2018年8月26日 10:30~) 

  • 聖書:詩編16章1~11節,ペトロの手紙一1章1~9節
  • 説教:言葉で言い尽くせぬ喜びを与えられ」(Ⅰペトロ①) 小林克哉牧師
  • ☆こども会礼拝(9:30~) ☆オリーブ祈り会 ☆求道者会 ☆聖歌隊練習
  • ☆夕礼拝(18:00~)


♪過去の礼拝記録
8/19 聖書:エフェソの信徒への手紙第2章11~22節 説教:「神が与える平和を生きよう」
8/12 聖書:列王記上第8章54~61節,使徒言行録第2章37~47節 説教:「心を一つにされる神」
8/5 聖書:ルカによる福音書第8章22~25節 説教:「嵐の中で知る主イエス」
7/29聖書:イザヤ書第66章18~21節,ペトロの手紙一第2章1~10節 説教:「神の祭司とされた者の祈り」
7/22 聖書:創世記第1章1~5節,ヨハネによる福音書第1章1~8節 説教:「混沌へ光を」



主日の御言葉 update 8/19(T.T)
8/19 聖書:エフェソの信徒への手紙第2章11~22節 説教:「神が与える平和を生きよう」

主日の御言葉
「実に、キリストはわたしたちの平和であります。」(エフェソ2:14)

 8月は平和について思う季節です。平和とは何でしょうか。(辞書的には)「戦争がなく穏やかな状態がわたしたちの平和です」「争いや心配ごとがなく穏やかな状態がわたしたちの平和です」となるでしょう。それに対し、聖書は「キリスト」がわたしたちの平和であると言うのです。エフェソ書は平和とは一つとなることであると語ります。キリストによって一つとされるところに、神が与えられる平和があると言うことができます。
 エフェソ教会にはユダヤ人もいれば異邦人もいました。当時の常識では両者が食事を共にするなど考えられない関係でした。そんな者たちが一つ礼拝をささげる群れとされていたのです。キリストの名によって一つとされている。そこに平和がありました。一人一人の間にキリストが立っていてくださるのです。相手を責めようとする時、その罪を赦すために十字架で死んでくださった方が立っておられる。キリストが平和となっておられるのです。そしてキリストによりもたらされる真の平和は、神との平和なのです。
 豪雨災害で大きな被害を受けた方のところを訪ねました。家の周りの景色は以前とは全く変わってしまっていました。神に裁かれた、愛されていない、呪われたなどとは言われなかった。信仰を与えられていてよかったと言われた。神さまとの間に平和があるとはこのようなことだと思いました。十字架により罪赦され、神に愛されてていることがはっきりと示されているのです。キリストはわたしたちの平和なのです。アーメン

バナースペース

初めての方へ (礼拝案内)
教会へのアクセス
今月の予定
今週の呉平安教会
信仰告白/宗派
今月の聖書メッセージ礼拝配信

礼拝配信:毎週日曜日10:30~



日本基督教団呉平安教会

〒737-0811
広島県呉市西中央5-6-1

TEL 0823-23-4435
FAX 0823-69-5015
E-mail mail@kurehei.jp
呉平安教会公式ホームページ呉平安教会の公式ブログ