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日本キリスト教団呉平安教会は正統なプロテスタント派のキリスト教会です。



 2017.9.17 礼拝予告 (C@T) 
 

三位一体後第15主日 (2017年9月24日 10:30~)

  • 聖書:ヨハネによる福音書20:24-29
  • 説教:「近づきたもうキリスト小宮山剛牧師(逗子教会牧師)
  • ☆こども会礼拝(9:30~) ☆求道者会 ☆信仰懇談会 ☆夕礼拝(18:00~)


♪過去の礼拝記録
9/17 聖書:詩編71篇1-24,テモテへの手紙Ⅰ5:1-2 説教:「老いの重荷は神の賜物」
9/10 聖書:ルカによる福音書19:1-10 説教:「赦された者の悔い改め」
9/3 聖書:マルコによる福音書16:19,フィリピの信徒への手紙3:17-4:1 説教:「わたしたちの本国は天にある」
8/27 聖書:イザヤ書40:27-31,フィリピの信徒への手紙3:12-21 説教:「目標目指してひたすら走る」
8/20 聖書:詩編139:1-24,フィリピの信徒への手紙3:7-12 説教:「キリストの内にいる者と認められ」



主日の御言葉
9/17 聖書:詩編71篇1-24,テモテへの手紙Ⅰ5:1-2 説教:「老いの重荷は神の賜物」


「わたしが老いて白髪になっても/神よ、どうか捨て去らないでください。御腕の業を、力強い御業を/来るべき世代に語り伝えさせてください。」(詩編71:18)

 ヘルマンホイベルス神父が紹介した「最上の業」という詩があります。その詩は「老いの重荷は神の賜物」と詠います。老いの重荷とは何でしょうか。
 詩篇第71篇は、「老いの日にも見放さず/わたしが力尽きても捨て去らないでください」と言います。老いとは力尽きていくことだと言うのです。以前は出来ていたことができなくなり、周りの役に立たなくなると感じ、こんな私からは人が離れていくと不安になる。名前を呼ぶ大切な人に先立たれる悲しみ。孤独は老いの重荷ではないでしょうか。詩人は「主よ、御もとに身を寄せます」と語り始めています。孤独という老いの重荷の中で、御名を呼ぶことができる幸い、身を寄せることができるお方がいることをそれまで以上に深く知ることができることは、神の賜物です。
 齢を重ねるとは、それだけ多くの神の恵みを数えることができることであり、神への感謝と賛美が与えられることです。これも賜物でしょう。そして齢を重ねるとは、それだけ十字架による罪の赦しを経験してきたというこです。もし真実に神の御前に自らの罪を覚えねばならないなら、それはとても負いきれるものではありません。その重荷をキリストが十字架で担ってくださったのです。赦された罪こそ老いの重荷なら、「老いの重荷は神の賜物」です。自分には次の世代に語ること証しなど何もないと思っている人があるかもしれません。しかし来たるべき世代に語り告げるのは、自分のことではなく、主の御業なのです。だからだれもが詩篇第71篇を自分の祈りとすることができるのです。アーメン

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